世界で初めの「田園都市」レッチワースは、イギリスの産業革命の末期(1903年)に、荒廃した土地利用と劣悪な居住環境の改善をめざして建設が始まりました。その後レッチワースは、健康な生活と優良な居住環境づくりをめざす世界の都市計画や、郊外住宅地建設のモデルとなりました。
日本でも、神戸市役所の外事係長・生江孝之氏がロンドン郊外のレッチワースを訪ね、「田園都市」計画の提唱者であったエベネザー・ハワード氏に会い(1908年)、社会福祉事業の見聞を持ち帰りました。その結果、阪急、阪神、東急電鉄沿線に「池田室町住宅地(1910)」「夙川香枦園経営地(1918)」「田園調布(1918)」「千里山住宅地(1920)」「大美野田田園都市(1932)」など、次々と田園郊外住宅地が建設されました。これらは、いずれも90年近い歴史を持ち良質な住宅地として生き続けています。今日の「田園都市」レッチワースには、4km四方に3万4000人の人々が住み、その周りにグリーンベルトと呼ばれる田園地帯があります。
その特徴として「土地を共有し借地権で運用する」「開発利益はコミュニティーに還元する」「職住の近接」「エネルギー効率の良いエコノミーな美しい住宅」「グリーンベルトから新鮮な農作物の供給」「緑豊かなコモンとビレッジグリーン」「多様な規模の宅地と住宅」「まちづくりのマネジメント組織」などがあり、『自然豊かな質の高い住環境』と、『安全で安心できる参加型コミュニティーづくり』が実現し、世界のモデルとして生き続けています。